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東京地方裁判所 昭和32年(特わ)372号 判決 1961年8月22日

被告人 佐藤博之

昭一一・九・二五生 職業不詳

主文

被告人を罰金壱万五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるメガホン一個(昭和三十六年押第二〇七号の一)はこれを没収する。

訴訟費用(証人茂垣之吉に支給した分を除く)は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

昭和三十二年九月二十日過頃、いわゆる砂川事件に関連して学生その他多数の者が警視庁に検挙されたことから、これを不当とする全学連、都学連等の学生諸団体では連日の如く抗議集会を催していたのであるが、同月二十七日に到り全国夜間学生自治会総連合(略称夜学連)もこれに呼応して同日午后八時過頃から東京都千代田区内幸町日比谷公園内旧音楽堂に於いて、夜間学生百五十名位を集めて不当検挙者即時釈放を要求する抗議集会を開催した。而して同日八時半過頃右集会が終了するや、参加学生は東京都公安委員会の許可を受けないで隊伍を組んで警視庁に向つて集団示威行進を開始し、同所より前記日比谷公園一号地先祝田橋交叉点に到つた際、同所に待機していた警官隊に阻止されたため、やむなく方向を転じ、日比谷交叉点方面へ向つて集団示威行進を継続し、同交叉点を経て同区有楽町二丁目国鉄有楽町駅附近で流れ解散した。

ところで、被告人は当時法政大学第二経済学部経済学科三年に在籍し、前記夜学連書記長の地位にあつて、右集会及び集団示威行進に参劃していたのであるが、同日午後八時五十分過頃から同日午後九時十分頃までの間、公共の場所である前記祝田橋交叉点付近より日比谷交叉点を経て同区有楽町二丁目十九番地日本交通公社有楽町支店前に至る道路上で行われた前記集団示威行進に於いて、その列外先頭付近にあつて行進の方向を誘導し、且つその間同町一丁目一番地日活国際会館前道路上で「わつしよい、わつしよい」と音頭をとつて蛇行進を行わせる等して右集団示威行進を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、昭和二十五年東京都公安条例第四十四号が違憲無効であるとの主張について。

右東京都条例が憲法に違反しないことは、既に最高裁判所の判例(昭和三十五年七月二十日判例集十四巻一二四三頁)とするところであつて、当裁判所の見解もこれと同一であるから、右主張は採用できない。

二、本件行進は、人数、目的、事情、態様、危険性いずれの点からみても集団示威行進には該らないとの主張について。

集団示威行進とは、多数人が彼等に共通な目的達成のため共同して不特定多数の者に影響を及ぼしうる状況下で威力若しくは気勢を示しつつその意見を表明する行動、即ち前記東京都公安条例第一条にいわゆる集団示威運動のうち、徒歩又は車輛等により行列行進の形態を以て行われるものを指称すると解される。今これを分析すると、大綱的には、(イ)第一に、多数人が彼等に共通な目的達成のため共同して行う集団的行為であること、(ロ)第二に、行動の本質は多数人全員の一致した意見の対外的表明であつて、その表明は不特定多数の者に影響を及ぼしうる状況下で威力又は気勢を伴う行列行進の形態で行われること、以上二つの要素に還元できる。よつて本件行進がこれ等の要件を充足しているか否かを検討するに、

(1) 多数人とは二人以上の複数人を全て呼称する概念であるが、本条例が公共の安寧を保持するために(第三条参照)、多数人による集団行動を規制の対象としている立法趣旨に鑑みると、本条例にいわゆる「集団」とは最小限度抽象的に公共の安寧に対し危険を惹起しうる程度の人数であることを要すると考えるのが相当である。従つて通常は二人や三人では足りず相当大勢の人員であることを要することは言をまたない。しかしその人数を一律に一定の員数を以て区切ることは、立法政策としては格別、解釈論としてはできない。蓋し、このことは当該行進の行われる時間、場所及びその周囲の情況、行進の目的、構成員、威力若しくは気勢を示す方法等各般の事情を、混乱等随伴の可能性の角度から、これを社会通念に照らし、綜合的に決せらるべき事柄であつて、相対的な問題だからである。これを本件についてみれば、一件証拠によると、本件集団は約百五十名の学生を以て構成され、警察に逮捕された学生の即時釈放を目的として、多数の提灯、プラカードを掲げ、シユプレヒコールを行い、蛇行進を混じえて午后八時五十分頃から同九時十分頃まで祝田橋交叉点付近より日比谷交叉点を経て日本交通公社有楽町支店前に至る歩道又は車道を行進し、その間日活国際会館前に於いて交通を一時途絶させた事実が認められ、以上の諸事実を前記各観点に照らすと、本件集団は抽象的には公共の安寧に対し危険を惹起するに足る人数を以て構成されていると認めるのが相当である。

(2)  而して一件証拠によると、本件集団行動が爾余の要素をも具備していた事実はこれを認めうるから、同行動は前記東京都条例第一条にいう集団示威運動の一形態たる集団示威行進に該当し、弁護人の主張は採用できない。

三、本件行為は、その情状に於いて、期待可能性が薄い行為であり、又緊急避難的行為でもある旨の主張について。

弁護人はこの点につき「本件行為当時夜間デモは一般的に禁止されて居り、又その行動自体が許可をする警視庁自体に抗議する目的であつたこと、当時一般的に各団体が波状的に毎日抗議を行つて居り、その一環として非計画的に三三五五有志が集つたものであること等の諸情況に照らすと、本件行動についてはたとい許可を求めても許可されないことが明らかに推測される事情にあつたので、許可申請をしないで本件行動に及んだ」旨主張する。而して、この所論には犯罪の成立を阻却する部分も含まれている疑がないでもないので、この観点に於いて審按するに、

(1)  弁護人の主張のうち、当時各種団体が毎日抗議を行つて居り、本件行為も非計画的に三三五五有志が集つたものであるとの部分は、許可を求めなかつた事情の主張とはなりえても、許可されないことが明らかに推測される事情としては無意味であつて、主張自体理由がない。

(2)  次に本件犯行当時夜間の集団示威行進が一般的に禁止されていたか否かをみるに、弁護人より一般的禁止の立証資料として申請され当裁判所がこの申請を容れて取寄せた当庁昭和三十二年特(わ)第二二八号第二二六一号公務執行妨害等被告事件の訴訟記録第九冊中、公安条例不許可処分一覧表及び「照会事項二の(6)の回答」と題する書面(第三項以下)並びに証人桜井優貴雄、同杉本忠彦、被告人の当公廷に於ける各供述を綜合すると、東京都公安委員会は夜学連主催で昭和三十二年五月十七日に行われた原水爆実験反対等を目的とする夜間の集団示威行進については、「行進開始午後六時三十分終了午後七時三十分」の条件を付して許可した事実が認められ、これによると同公安委員会が弁護人主張の如く夜間の集団示威行進であるとの理由だけで許可しない方針をとつていたとは考えられない。もつとも、前掲証拠によれば、同委員会はその後夜学連の主催で(イ)同年七月六日行われた勤労学生に対する昼夜差別撤廃要求を目的とする集団示威行進については「行進開始午後五時三十分解散午後六時三十分」の条件を付して許可したに止まり、(ロ)同年九月十六日午後七時十五分~同八時十五分並びに同年十月三十一日午後六時四十五分~同七時四十五分に実施予定の原子戦争準備反対等を目的とする集団示威行進についてはこれを許可しないで不許可処分をしたことが認められる。しかし、前掲公安条例不許可一覧表によると、同公安委員会は前記二つの集団示威行進を不許可にした理由として、前記昭和三十二年五月十七日の集団示威行進に於いて、同行進は前記許可時間に違反して午後七時二十五分開始し、同九時十五分解散地に到着したのであるが、その間随所で激しい蛇行進、遅足行進等が繰り返して行われ沿道の交通を甚しく妨害したのみならず、更に継続して参加者のうち約二百人は午後十時四十分頃大挙して英国大使館に押し寄せ陳情と称して面会を強要し、深夜の理由を以て拒絶されるや表門鉄扉を暴力的に押しあけて同館内に侵入し翌十八日午前一時過ぎまで同館正門前に坐り込み合唱をしたこと、又前記同年七月六日の集団示威行進も前記許可時間に違反して午後八時一分から同八時四十三分まで行われ、交通に危険を生じた外、沿道所在の逓信病院及び警察病院の入院患者に対し著しい迷惑を及ぼしたこと、以上二回に亘る集団示威行進の実績並びにその推移に当該許可申請の行事内容が前記五月十七日行われた集団行動のそれと全く同様であること等を彼此合せ考えると、当該の場合なお依然として公共の安寧に及ぼす直接的危険性を包蔵していることが明らかに認められたことを明らかにしている。以上の事実によると、東京都公安委員会が二回に亘り不許可処分を行つたのは、その以前に於いては夜学連主催の集団示威行進は夜間のそれもこれを許可していたのであるが、前記二回に亘る集団行動殊に五月十七日のそれでは交通秩序維持及び夜間の静ひつ保持に関する許可条件に著しく違反し、延いては刑法に触れたり国際礼譲に反する行為が行われる等公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼした事項の発生したこと並びに当該許可申請の行事内容と前記五月十七日行われた集団行動のそれとが全く同様であつて、しかも両者の行動実施の日時が近接していること等に鑑み、当該の場合再び刑法に触れる等の同様の行為の発生する危険性を認めたことに因るものと解するのが相当であり、ここで看過できないことは、両者の行事内容が全く同様で実施日時も近接していることであつて、このことは右二回に亘る処分の動向を支配した主要な資料の一と推認される。而して行事内容等が異れば許否の基準をめぐる諸事情も自ら異つて来ることは当然の事理であるところ、一件証拠によつては、東京都公安委員会の態度がこの理を無視してまで事情のいかんに拘らず、固定していたことは認められない。従つて公安委員会に於いて前記認定の如き処分をしたとしてもその基盤即ち行事内容を異にしているものについてまで一律に不許可の方針をとつているものと考えることは相当でない。

(3)  次に本件集団示威行進の目的が許可をする警視庁自体に抗議することであつたから許可されないことが予想されたとの所論につき検討するに、警視庁は集団示威行進等の許可申請を受け付け処分結果を通知する等の事務を取扱う機関に過ぎない。もつとも、警察署長が当該申請につき意見を付して進達する取扱が行われて居り、且つ警視総監等が集団行動の許可手続について公安委員会の事務処理を委託されていることは東京都公安委員会規程等により明らかであるが、不許可手続はこれと異り公安委員会に専属しているのである。而して公安委員会は警察活動の公正中立を担保するために特殊の地位と機構を以て設置されているのであるから、ことが警視庁に関するということだけで、許可申請をした場合これに対して行われるであろう結論を一方的に予断することはいささか早計である。

(4)  以上の事実によると、弁護人の前掲主張はその前提を欠くことになり、到底採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は昭和二十五年東京都条例第四十四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例第五条、第一条罰金等臨時措置法第二条に該当するところ、本件集団示威行進はその規模が比較的小さく、且つ交通を一時途絶させたほかはさしたる実害が発生しなかつた等諸般の情状に鑑み所定刑中罰金刑を選択しその金額の範囲内で被告人を罰金壱万五千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に則り金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、押収してあるメガホン一個(昭和三十六年押第二〇七号の一)は本件犯行に供したもので被告人以外の者に属さないから同法第十九条第一項第二号第二項に則り被告人からこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して主文掲記のとおり負担させる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 八島三郎 佐藤文哉 大北泉)

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